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2013/01/16

See you later

前回のエントリ

[2013/1/3-1/4]
この2日間は急遽伊豆を離れないとならなかったため、釣りをしていません。
別途書きたいと思います。

と書きました。

12/29の朝、釣りに行きそびれてグダグダしていると、学生時代の友人Oから電話がありました。
俺とOの学生時代の友人のSが前日夜に脳溢血?で倒れて意識が戻らない、とのことです。

Sとは同じアパートで毎晩のように大酒を喰らってバカ騒ぎをしていた親しい友人です。

そのまま翌朝は釣りに行きました。
心配ではありましたが、俺に何ができるというわけではありません。
それと、あまり現実味が無かったというのもあります。

そして1/30の釣りを終えて滞在先に戻っていると、再度Oから電話があり、先ほどSが息を引き取ったとのことでした。
電話口でOは嗚咽を漏らしていましたが、俺は相変わらず冷静でした。
そのときの心情は「やっぱり通夜とか葬儀とかに行くんよなあ、めんどくさいなあ」というものでした。

俺は別に醒めた人間ではないつもりですが、このときは正直にそう思ったんです。

いつも書いているように、このブログは俺の便所です。
モラルとか人としてのまっとうな感情とか、そういうのをヒトサマにアピールするところじゃないんで、誤解されるのを承知で書いておきます。
自分のための記録として。

その後連絡があり、1/3の夕方から通夜で、1/4の昼前に告別式とのことでした。
相変わらず冷静に、航空券を取り、帰りは新幹線の自由席に並んで帰ることにしました。
これまた、金かかるし、座って帰れないかもしれないんでめんどくさいと思いました。

それから翌日の釣り納めや1/1の釣り初め、1/2の釣りをしました。
部隊長さんには、こういう事情で1/3-4と福岡に帰るんで釣りができません、と伝えました。
部隊長さんらしい、さらりとした気遣いで「Open6Eさんもそういう歳になってきたってことですよ」と言ってくださり、その話題はそれだけでした。
俺が故人とどれくらい親しかったか、今どれくらい悲しいかを説明する必要もなく、気が楽でした。

そして福岡に行くという前日、故人の奥さんから電話がありました。
告別式で友人を代表して弔辞を述べてほしい、とのことでした。
こいつの結婚式でも祝辞を述べたんで、やっぱりな、という心情でした。

弔辞を手紙のように書いて用意したり捧げたりはしたくなかったので、約2日間、じっくりとヤツのことを考えようと思いました。

1/3に福岡に着き、ラーメンと餃子とビールの後に通夜に行きました。
Sはまさに眠ったような穏やかな顔でした。

通夜の後は集まった学生時代の友人と献杯を兼ねて大酒を飲み、実家でも親父や一緒にウチの実家に泊まったOと4時くらいまで飲んだくれました。

そして翌日、二日酔い状態で告別式です。

十分冷静だった俺ですが、いざ弔辞を述べようと祭壇の前に立ったとき、言いようもなく悲しくなりました。
やっと、Sが死んだことにリアリティを感じたのです。

弔辞は、ほとんど泣いた状態で、何を言ったのか、誰もわからなかったと思います。
プレゼンでしくじったことが無いのが俺の取り得なんですが、今回はダメでした。

***

今まで、同じ歳、というか近い歳の友人や知り合いが亡くなることもありました。
ただ、それはあくまでも事故とか自殺とかで、「寿命」での別れは初めてです。
部隊長さんのおっしゃるように、そういう歳なんですね。

昔は、若くて死ぬことに、憧れこそしませんでしたが、それもアリかも、くらいは思っていました。
でも今は死にたくないです。
意地でも長生きして、史上最長寿のパンクジジイとかになりたいです。

そして、現実の友人だけでなく、このブログの皆さんを含めた俺の好きな人々、死なないでください。

故人のSに関しては、じっくりゆっくり待っておいてもらいます。
十分待たせた後に、また会おう、と言いたいです。

新年2発目のエントリが、こんなんですみません。

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